そして、はじまった。制作にあたり、ぼくはルールを定めた。
- 自分たちが好きなものを制作し、掲出する。
- 店主が気に入らなかったとしても必ず展示してもらう。
- パロディなど著作権侵害以外は何でもOK。下ネタもまあよし。
- 企画プレゼンはなし。できあがったものをそのまま納品。
- プロダクションは使わない。すべて自分たちでフィニッシュする。
- 広告賞に応募できるよう5作品はつくること(だいたい5作品の提出が義務)。
ぼくは参加者が自由にクリエーティビティを発揮できるように細心の注意を払った。どうしてこういうルールを作ったかというと、若手にチャンスをあげたかったからである。
というのも、ぼくたちが自由にクリエーティビティを発揮できる仕事はなかなかない。仕事も正直、少なくなっている。だから、「思いっきり自由につくれる」場所を一生懸命作った。「おもろいもんつくれる、ひゃっほー」というやつから「これですべったら何にも言い訳できない」と恐怖心に怯えてつくるやつまで、みんな一生懸命がんばった。手を抜く人間は一人もいなかった。
そして、いざ、プレゼン。せっかくボランティアでつくったのに「キャッチコピーがようわからん」とダメだしされた人間もいたが、「もったいなくて貼られへん」「店、続けてきてよかった」「家宝にするわ」と商店主たちはとても喜んでくれた。まるで、生まれたばかりの初孫を見るかのような目でポスターを見ていた。
第2回セルフ祭が開かれた7月28日、29日に新世界市場でポスターを展示した。アーケード中に所狭しとファインアートと商業アートが混在した風景に陶然とした。ああ、こんなの見たことないぞと。ポスター以外にも、アーティストと商店街の人が一緒に商品企画をしたり、かぶりものをした奇妙な女の子がお店の商品を売り歩いたりと、それぞれが自由に表現をしつつも、お店のこともきちんと考えていた。
祭りが終わり、商店主たちと第2回のセルフ祭を振り返った。ポスターもよかった。アーティストたちもよかった。店の売上もちょっと伸びた。商店街のおっちゃんも大喜び。セルフ祭は大成功だった。商店主たちにとって、ぼくたちは「なんやわけのわからん若者」だったが、「こいつら信じてええんとちゃうか」と思ってもらえた。
さらに、ただただ受け身だった商店主たちが「あんなんしたい、こんなんしたい」と自ら発言するようになった。「ポスター展したいねん。空き店舗ギャラリーに改装してええよ」と。さらに「ポスター残しといて」って。これは、本当にうれしかった。お祭りが終わったら撤去されるだろうと思っていたので。
ただ、もともと残るものを前提につくってはいた。イベントが終わったら寂しい商店街に戻ってまう。しかし、残るものつくれば、ずっとそこに存在して商店街を応援し続けることができる。なので狙い通り「残る」ということは本当にうれしかった。