日本と海外の教育の違いは大きい。
海外から見た日本の素晴らしいところ
は、
「時間をしっかり守る」
「ゴミをかたづける」
など、日本人にとっては当たり前と
思える気質のようなモノ。
この「日本人の気質」は、子どもの頃
から学校生活の中で事前と身につけて
いくものだろう。
海外では、当たり前のように二カ国語
以上を話せる子どもは多い。
多国籍の国では常に、英語と現地語が
入り交じっているという環境が影響
しているのかもしれないが、
学校の授業で英語の時間を数年間確保
しているのに、全く話せない子ども
ばかりの教育は不思議でならない。
このように、
国が変われば、得る能力も、気質も、
考え方も違う。
今回紹介するのは、
インターナショナルスクールに子ども
が通うことになった親御さんが
「差別」についての考え方の違いに
関して投稿した内容を紹介します。
それが、コチラ・・・
子供をインターに入れて、思ったこと
日本の学校「差別はいけません。みんな同じ人間なのです」
インター「差別はいけません。みんな違う人間なのです」
同じこと言うのにアプローチが全然違う
— ムーチョ@ホームステイのホスト (@mucho) 2017年12月26日
とっても深いー
この投稿に関するコメントは・・・
最高にわかりやすい! ずっと単一民族できた島国日本では、どうしても「同じ」にこだわって、多様性を認めるという意識転換が難しいですよね。
— ガーラ (@galapagos39) 2017年12月26日
まさに日本の画一化教育の弊害。
僕、子どもと一緒にスイミングと音楽教室に行ってるけど、どっちも指示通りやらないとなぜか注意を受ける。
講師の真似を誰よりもでき、皆と同じように振る舞う子が一番評価され、画一化教育の賜物である親もそれを歓迎する。
これでなぜ違和感を持たないのが疑問です— なかのの夫@複業パパ (@nakanonohusband) 2017年12月26日
こういう大人が増えた原因は子どもを「大人より能力が下だ」と勘違いしてること。
実際は逆。
子どもは言葉がわからなくてもこちらの喋る事を理解できるほど能力が高い。大人と比較にならない。
優れた人に教えを請う方が成長が早いように、僕ら大人は子どもに育てられてることを忘れてはいけない。— なかのの夫@複業パパ (@nakanonohusband) 2017年12月26日
僕はいままでただものまねをしてきただけだったのかと気づいたのは社会人になってから
そして社会にでたらなぜ考えることができないんだと叱られるできるわけないですよねだってものまねをしてきたんですもの
— メソポタミア@pioneer (@riayatonoa) 2017年12月26日
この投稿を見て、思い出したのが、
金子みすゞさんの「みんな違ってみんないい」
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これは、国の教育のスタンスであり、
どちらが正しいというものではありません。
そのときの、時流がどちらを求めているかをつかみ、
柔軟に対応できるかどうかだと思います。
これからの、労働力が低下し、
AIだけでは対応できなくなり、
海外の労働者と一緒に働く機会は、
増えるかもしれません。
そんなときに柔軟な発想ができないと
衝突は絶えなくなります。
これはとっても深い問題。
「差別はいけない」は同じ。
日本と海外の子どもたちが、
このような問題に関して
活発に議論できる場を提供するのが、
僕たち大人のやるべき事かもしれませんね。