『書いてあるじゃん!』というやり取りの裏で起きていることとは?
国語が得意な人とそうじゃない人とのやり取りで一番メジャーなのは、得意な側による
『ここに書いてあるじゃん!』
という乱暴きわまりない解説ではないでしょうか?
『それがわからねーからきいたんだよ!』という返しはもはやテンプレですね。
では、ここでのズレはなぜ発生するのか?
それは、常に頭の片隅に置いてある武器の中身も量も、得意な人と苦手な人とでは、まるで違うからだと言えます。
例えば、国語が苦手な人に多い特徴は、『そもそも言葉を知らない』とか、『何を聞かれているかをしっかり見ない』とかではないでしょうか?
質問を履き違えていれば答えに行き着けるわけはありませんし、また何が書かれているかわからないのであれば、言わずもがなの話ですね。
特に『俺がこう思うから答えはこれ』という答えの探し方は最悪で、ある程度のレベルの問題になれば、その読み取り方だと100%外すように作ってあるなんてのもざらです。
一方国語が得意な人は、単に才能があるとかってより、そもそも解き方を知ってて、かつ使いこなせるだけというのが大半です。
一例を挙げれば、本文をザーッと読みながら、筆者の主張などの情報を拾い、線を引いておく。
そして問題を見たら、例えば聞かれているのは理由なのか何なのかを確認し、抜き出し・文字数という条件も読んで、その上で本文の情報を検証する。こういうプロセスのことです。
基本、本文に書かれているまんまが問われることは稀で、大半はちょっとひねられます。
では、ひねられるとは何なのか?その大体は、本文の記述と同じ内容を違う言葉で表現する、というものです。
・・・ここまで考えると、だんだんと最初の問答のギャップの原因が見え隠れしてきますね?
実は最初のアドバイスには、以下の前提が思い切り省かれているのです。
『(問題文の解答にも合うし、文字数とかの条件にもマッチしてて、しかも同じ意味だけど違う表現を使ってここに)書いてあるじゃん!』
ということなんですね。
つまり、基本的な解き方や考え方を共有していないから伝わらない。そういう話なのです。
例えばサッカーの経験がまるで無い人間に、経験者が試合が終わった後に『シュート打てば良かったじゃん!』と怒るようなものです。その人には、場面に応じた行動を選ぶのに必要な知識も経験も、そもそも技術もないわけなので、共通言語がない。
そりゃ~、伝わらないよねということです。
…となれば、一体どうすれば国語力なるものを身に付けられるのか、わかったも同然です。
得意な人が使う武器を知ればいい。
ってことでその具体的な方法について、またページを変えて説明していきましょう。