みなさんおはこんばんにちは。
山口市・宇部市の学習塾、そろばん、書道、英会話の(株)KAWASHIN川島です。
9月に入り、日中でも涼しい日が増えてきましたね。
そろそろ衣替えの時期でしょうか。
コロナのほうは第7派が少しずつ落ち着いてきましたが、未だに余談を許さない状況です。
そんな私もタイトルにある通り、8月3日に陽性になり自宅療養をしておりました。
結局、盆休みと重なり、社会人23年間でぶっちぎり最長休暇をとることになりました・・・。
今回はその時の様子を若干ファニーにお知らせいたします。
7月30日(土)午前中から家族で海水浴。昼過ぎに帰宅。夕方に知り合いの電気屋さんが家のエアコンを修理にくる。長男(小3)が張り切って電気屋さんをお手伝いして汗だくになる。夜、長男汗だく→顔面蒼白→寒気がすると震え出し38℃の発熱。熱中症を疑い常備している経口補水液を飲ませる。
7月31日(日)わたし、気になる仕事があったため起床してすぐに休日出勤。AM11:00頃、長男が陽性になったと突然連絡がある。熱中症と思っていた上に病院に行くことも知らなかった私はパニック状態で帰宅。
※陽性と診断されたら、病院から症状によって普通の風邪薬や熱冷ましの頓服などが処方されます。そしてとりあえず保健所からの連絡を待つことになります。病院は誰が濃厚接触で自宅で何日療養しなさいとかそういうことは伝える権限がないため、とにかく保健所待ちです。先月までは電話待ちぼうけ状態でしたが、今はショートメールが届くだけになり簡素化されています。
8月1日(月)保健所から指示まだだけど、家族だから家から出ないほうがいいよね。という自己判断でこの日から私の休みはスタート。長男は39℃の発熱でぐったり。奥様は感染する覚悟で2階で長男に添い寝。私は1階で長女(小1)と家事や夏休みの宿題、Youtubeなどで時間を潰す。保健所から指示ないからまだ家出てもいいんじゃない?ということで長女を連れて1週間くらい家にこもれるだけの食糧を買い出しにいく。ちなみにこの日の朝、長男に熱痙攣みたいな症状が出て、奥様が保健所に連絡。奇跡的に電話が繋がり、『どうすればいいか教えてほしい。救急車を呼んでいいのか?』などなど色々尋ねるも、『担当から折り返しをするので待ってください』と言われ電話を切られる。そして折り返しの電話はなし。保健所もパンクしている様子だった。
8月2日(火)わたし37.5℃の発熱。喉の痛み。すぐにかかりつけ医に連絡して発熱外来お決まりの駐車場の車内で待機。車内、強い日差しを受け皮膚が焼け付くも発熱のためクーラーの冷気にガタガタと震えるという貴重な体験が1時間ほど続く。順番が回ってきて熱を測ると38.5℃に上昇。
抗原検査はまさかの陰性。『なーんだ。ただの風邪か・・・。ってそんなわけあるか!!!』と思いながら帰宅。長男に対する保健所からの指示は未だなし。自分が濃厚接触者なのか、感染者なのかもわからない状況。猫は感染しないらしい。癒してくれる。
8月3日(水)朝、長男の熱が下がり3日ぶりに1階に降りてきた。『父ちゃん、昨日陰性やったん?ふーん。俺は陽性やったけ。』と謎のドヤ顔。昼前にわたしの熱は38.0℃。動くのもしんどかったが、かかりつけではないちょっと遠いけどお友達のお医者さんT先生に事情を話して受診。【早く陽性の診断もらっておかないと、自宅療養の期間がどんどん伸びて働けない】という思い込みから検査が陰性でもみなし陽性出してくれとお願い。こんなん状況的に絶対陽性じゃねぇか!!ていうか、自分達の置かれた状況がわからんから保健所早く電話くれ!!という状況。ついでに無症状で元気な奥様も検査してもらおうと助手席に乗せて病院に向かう。待ち時間もなくすぐに検査してもらい。私は普通に陽性。やっと確定か!!となぜかガッツポーズ。奥様は陰性。『わたし元気です!』とT先生に元気にご挨拶。『まあぁ、奥さんも時間の問題と思うから覚悟しておいてねー。』とT先生。
帰りの車の中で、『T先生時間の問題とか言いよったけど、いやー、私は多分感染しないね。3日添い寝して無症状よ?私特別な抗体とか持ってるんやないんかな?私が地球を救うかもしれん・・・。』と、陽性が確定し38℃オーバーの夫に運転させて助手席でドヤ顔。私は帰宅して長男に『パパ陽性だったよ。』とフラフラしながらドヤ顔。『ふーん、多分俺もう治ったよ。』と長男ドヤ顔。『ママ!!私、一人で洗濯物干せたよ!!』と長女ドヤ顔。
夕方、やっと保健所から長男陽性に関する保健所から連絡あり。ここで初めて家族が濃厚接触者であることと、それぞれの自宅療養期間などが知らされる。食糧や日用品など困っていることはないかと尋ねられ奥様が『1週間分は確保しているがそれ以降は家を出られないからどうしよう。』と伝えると支援物資を送ってくれることに。私はこの日の夜から40℃の発熱。本気でしんどかった。
8月4日(木)奥様突然38℃の発熱。特別な抗体は持っていなかった。T先生に電話すると『昨日診断したし、みなし陽性出すから来ないでいいよ。』とのこと。本当に助かる。薬局が薬を配達してくれた。『昨日言った通りちっちゃい子が感染したら家族はほとんど助からないよ。』と電話越しにT先生のドヤ顔が浮かぶ。これで家族4人中3人が感染。残すは小1の長女のみ。わたしは40℃の発熱が続いている。起き上がったのは食事とトイレだけ。
8月5日(金)長男はすっかり元気。平熱。1階で元気を持て余していたため、これまでストップしていた夏休みの宿題の遅れ(5日分)を1日で取り戻すよう指示。急に頭が痛いと言い出して自ら体温を測定し37.3℃。ドヤ顔。私はこの日を境に熱が下がり38℃前半まで落ち着いた。奥様は完全にダウン。私が家事に復帰できてよかった。
8月6日(土)わたし37℃前半。日にちと曜日の感覚と夫婦仲がおかしくなってきた。が、なんとか乗り越える。Youtubeと買い出しに行った時についでに借りた大量のDVDがなければ親子共々気が狂っていたかもしれない。わたしたちが社会復帰する直前とかに長女が感染しちゃうと濃厚接触でさらに自宅軟禁がプラスされちゃう訳のわかんないシステムがあるから、『パパ元気になってお世話できるからそろそろ感染してもいいよー。』と伝えると、長女その日の夜から発熱。とてもいい子。本当に天使。
8月7日(日)長女みなし陽性ゲット。保健所からでかい段ボールの支援物資が2箱届く。マジで感激。カップ麺、レトルトのカレー、親子丼、五目丼、鯖缶、シーチキン、焼き鳥缶、キッチン洗剤、パックごはんなどなどなど。中でもプリングルス&とんがりコーンのチョイスは秀逸。大人20日分の食糧と言うだけあってかなりの量。3分の1も食べきれなかった。この救援物資は8月の中旬に仲よくしている家族が感染したためそのままリレーした。
8月8日(月)わたしは平熱になるも、咳が出始める。かなり出る。しんどいというよりも気管がむず痒い感じ。それから鼻の奥がつまり始める。これは発熱時にはない症状で、咳は自宅療養期間終了後1週間続いた。鼻詰まりは9月8日現在、今なお続いている。長女、2日間で症状が治まる。本当に陽性だったのだろうか・・・。
8月9日(火)コロナの自宅療養が入院保険給付の対象と知り咳き込みながら小躍り。
8月12日(金)以降、長男を皮切りに療養期間解除。
小学生以下の子が感染したら完全な隔離ができないので高確率で家族で感染します。T先生曰く、自宅療養してて家族が感染しなかったと言う話はあまり聞かない。とのことです。
正直、わたし一家の症状としてはかなりしんどかったです。長女以外、39℃以上の発熱。3日ほど寝込んだと思います。お年寄りや基礎疾患のある方々の死亡リスク、正直頷けました。あと、T先生に体重を伝えたところ、『あなたリスクに入ってくるね・・・。入院とかになるかもやけど・・・。』と言われた時は正直ビビりました。90キロ以上ある人は日頃から体重管理に気を付けてください。
ご存知の通り9月に入ってルールも緩和されており、療養期間の短縮や自宅療養期間中の食糧の買い出しができるようになってます。
そう考えると、コンビニ、ドラッグストアー、スーパーでの感染リスクが高まっていると思います。
日頃からの手洗い、うがい、手指消毒を徹底してくださいね!!