山口市・宇部市の学習塾「かわしま進学塾」の野上です。
今日は、朝から台風8号の対応でバタバタしていました。
夕方からは風雨も収まり、いつもの時間が戻ってきました。
今日の山口市は、ちょうちん祭・・・だそうです(知らんのかい)
8月6日になると、必ず私が小学生だった頃を思い出します。
広島県では、8月6日は必ず登校日でした。
全校集会で8:15に黙祷を捧げ、それから平和学習がありました。
小学1年生の平和学習は、学校の講堂の巨大なスクリーンで「はだしのゲン」の映画を見ました。
内容がというより、原爆が怖くてしばらく夜ひとりで寝られなくなったのをよく覚えています。
8月6日が登校日なのは広島の地方ルールというのを、大学生の時に初めて知りました。
ということで、8月6日にまつわる記事の中で、今日一番心に残ったものを紹介します。
(ユーチューブより引用)
「きのこ雲の下にいたのは兵士ではなく市民でした。罪のない人たちの命を奪うことを誇りに感じるべきでしょうか」-。福岡県大牟田市の高校3年生、古賀野々華さん(18)が、米国の高校に留学していた5月、校内向けの動画で、原爆のきのこ雲を模した高校のロゴマークに異を唱えた。動画はインターネット上で拡散し、広く話題に。1年間の留学を終え、6月に帰国した古賀さんは「批判を恐れずに、自分の意見を伝えることの大切さを学びました」と振り返った。
留学先は米ワシントン州リッチランドにあるリッチランド高。町では戦前、長崎に投下された原爆のプルトニウムが生産された。原子力の生産や技術の研究が町の発展に寄与し、核関連産業が町の経済を支えてきた。
同校のロゴマークは「R」の文字にきのこ雲を模したもので、パーカやジャージーなどあらゆる学用品にあしらわれている。
「原爆を、こんなふうに扱っていいの?」。留学後に町の歴史を知り、日々を過ごすうちに膨らんだ違和感が問題意識に変わったのは半年が過ぎた頃。米国史の授業で、多くのクラスメートが「原爆のおかげで戦争が終わった」との考えを示していたからだ。