『「可哀想」は時に人を傷つける』で
新聞に掲載された内容にとても共感したので
紹介します。
その内容は、ある投稿者にツイートされ
ネットで拡散されました。
それがこちらです。
これは本当によく分かる。
みんなに読んで欲しい。 pic.twitter.com/Pg9DCV8ezL— うたさん (@joker_budou) 2016年8月24日
「可哀想」は時に人を傷つける
【記事全文】
「可哀想」は時に人を傷つける
足をけがした6歳の息子が
「僕、がんばって幼稚園まで歩くよ」
と言った。片足を引きずりながらゆっくりと歩く息子に
付き添っていたら、通りすがりのご婦人たちから
「あんな足で歩かせて可哀想に」
という会話が聞こえてきた。息子に妹ができ、おむつを買いに行った。
「僕が持つよ。お兄ちゃんだから」
と頼もしいことを言ってくれた。任せたら
「あんな小さな子どもに荷物を持たせて。可哀想に」
と他人から非難された。息子の頑張りが「可哀想に」
という一言で全否定された気がした。「可哀想に」という人は、
自分が優しい人間だと思っているのかもしれない。しかし、この言葉は浅はかで無責任で、
時に人を傷つけ、何も生み出さない。そのことを知ってほしい。
この投稿に関するコメント
可哀想かどうかを決めるのは本人であって、周りの人がわざわざ可哀想な人に仕立て上げる必要は無いという事です。
障害のある人に対しても同じです。
表面上だけ見て、可哀想などの浅はかな言葉を投げかけるのは、病気と本気で向き合っている人に対して失礼です。— うたさん (@joker_budou) 2016年8月24日
何度も読ませて頂きましたた。この記事を読んでいて、可哀想と思う人を逆に可哀想だと私には思えました。
— つぶたんidentic摩守友 子 (*^艸^) (@tubuko0415) 2017年2月25日
「可哀想に」と言う人は、真実を見ずに上辺だけで口だけで言ってます。息子さんにはお父さんやお母さんの、偉いね、や頑張ったねだけが届いてると思います。
— みっひぃ (@mihhi_desu) 2016年10月23日
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言葉って時には無意識のうちに
人を傷つけていることもあります。
その言葉を発した人も、
人を傷つけたことに気付いていない
ってこともありますよね。
言葉は安易に発するのではなく、
相手の気持ちを考えて発することが
大事だと思いました。
とっても共感です。