ダライ・ラマとは・・・
1935年、アムド地方(現在の青海省)の農家に生まれ、
4歳の時にダライ・ラマ14世として認定され、
1940年に即位、1951年までチベットの君主の座に就いていたが、
1959年に中華人民共和国からの侵略と
人権侵害行為に反発してインドへ亡命して政治難民となり、
インドのダラムサラに樹立された中央チベット行政府において
チベットの国家元首を務めている。
亡命後は、法的には領する国土をもたない
亡命政権の長という地位にありながら、
世界中にちらばるチベット系民族に対して政教両面において
指導的立場にある人物と目されている。
また、欧米でもチベット仏教に関心のある人や複数の著名人の支持を得、
ノーベル平和賞を受賞したことでその国際的影響力はさらなる広がりを見せており、
中国は別として世界的にはチベットの政治と
宗教を象徴する人物とみなされるようになった。
2011年には、自身の政治的権限を委譲したいという意向を表明し、
政府の長から引退することになった。
これを承けた亡命チベット人憲章改定案では
「チベット国民の守護者にして保護者であり、
チベット人のアイデンティティと統合の象徴である」と規定され、
ダライ・ラマがチベットの政教両面の権威者の座に即くという
ダライ・ラマ5世以来の伝統を終わらせることになった。
チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世の、
人生で大切な「18か条」をご紹介します。