茂木健一郎が「英語の学びを『人生ゲーム』」と例える理由とは

まさに、英語を生きる『人生ゲーム』

ゲームを始めてすぐに、
一つの恐ろしい事実に気づいた。

どうやら、私はトレバーやランディー
を「指導」し、「楽しませる」
役割を期待されているようだったのだ。

当時の私は、15歳。

まだまだ「ひよっこ」だが、
トレバーやランディーから見たら、
「大きなお兄さん」だ。

ホストファミリーの方は、本当に
親切な気持ちから私を1カ月間
受け入れてくださったのだ。

一方、トレバーとランディーにしてみれば、

「一緒に遊んでくれるお兄さんがやってくる!」

という期待でいっぱいだったのだ。

そのお兄さんが、「人生ゲーム」を
一緒に遊んでくれる。

そして、ゲームの状況によって、
気の利いたコメントを言ってくれる。

そんな、キラキラした目で、トレバー
とランディーは私を見上げている。

私は、「まいったなあ」と思った。
正直、頭の中が真っ白になった。

それから、私の、全身全霊をかけた
「闘い」の1カ月が始まった。

まさに、英語を生きる、「人生ゲーム」だ。

そして、それは、「本物の英語」との
出合いでもあった。

脳の英語回路を活性化する学習の質とは

今から振り返ると、

「着いていきなり人生ゲーム」という
体験は、いろいろな意味で、英語学習
の本質を衝いていたと思う。

まず第一に「文脈性」である。

年下の子と、ゲームをやる。

しかも、こちらの方にいろいろなこと
が期待されている。

そのような文脈を、眼窩前頭皮質
(がんかぜんとうひしつ)などの部位
がとらえて、脳のさまざまな回路の
活動を調整した。

次に、「身体性」。

自分が実際にそのような状況にいる
という逃れようのない事実が、
脳を本気にさせた。

相手の表情や仕草を認知し、
こちらも身振りやジェスチャーで
応えるという濃密なやりとりがあった。

さらに、「タイミング」。

まったなしで、いろいろなことを
しなければならない。

正しい文法で喋るよりも、
タイミングよく何か言った方がいい。

頭の中で文章を
組み立てている暇などない。

最後に、「感情」。

多少、間違ってもかまわない。
気持ちが伝わればいい。

このような、日本の学校英語では
まずは見られないさまざまな状況が、

「着いていきなり人生ゲーム」
には含まれていて、

それが、
私の脳の英語回路を活性化した。

「本物の英語」と出合った瞬間だった。

その後、
私の英語力はぐんと伸びた実感がある。

英語教育現場の「怖い話」

さて、日本の英語教育(ため息)。

私は、中学や高校を訪ねる度に、
生徒代表に前に出てきてもらって、
即興で英語のスピーチをしてもらう。

基本は自己紹介。
制限時間は1分間。

英語が苦手な子でも、
いきなり無茶ぶりで自己紹介をやると、
なんとかこなす。

そして、そのプレッシャーを
切り抜けたその顔は、歓びに輝いている。

何よりも、文法がどうのこうのと
いうよりも、とにかくタイミングよく
何かを言うことが大事なんだ、
ということを理解してもらえる。

それから聞く。

これまでの学校の英語の時間の中で、
こんな経験あった?と。

彼らの答えはだいたい決まっている。
「初めてだった」と。

一度、笑ってしまったのは、帰国子女
で、英語が本当にうまい子がいて、

話の内容も面白かったのだが、
終わったあと、

「これまで学校でこういうことしたことあった?」
と聞いたら、

その子も、
「アメリカから帰ってきて、日本の学校でこんな風に英語を喋ったのは初めてだった」

と答えたこと。

本当は、笑っている場合では
ないのかもしれない。

本当は、怖い話だ。
一つのホラーストーリーだ。

日本の英語教育は、
根本的な見直しが必要である。

そうでないと、
たくさんの子どもたちの青春の
貴重な時間がもったいない。

15歳の私が
「着いていきなり人生ゲーム」
で体感したような衝撃を、

学校の教育現場に入れる作戦を、
いろいろ考えなければならないのである。
出典元:GOTCHA!
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とても興味深い内容でした。

マレーシアに移住して10ヶ月。

誰かに文法を学んだわけでもない、
単語帳で英単語を覚えたわけでもない。

ただ、生きた英語の中で、
生活しているだけで英語の耳はついた。

日本人がなぜ、英語を使えないのか。

それは、
日々の生活の中に英語がないからだ。

マレーシアでは、
マレー語を話している人も、
中国語を話している人もいる。

でも、違う人種で会話するときは、
基本的に英語を使う。

英語を通じて会話が成り立ち、
コミュニケーションが取れる。

誰かに頼って通訳をしてもらう
ことができない状況下では、

なんとかしようと努力する。
その場数が、語学力をつける。

よく、発展途上国で商売している人で
日本語が上手な人がいる。

彼らに聞くと、日本語を学校で学んだ
人は皆無。

生活のために、自分で学んだという。

日本人が英語を必要と思っていない
うちは、語学力は上がらない。

将来、海外からの移住者が日本に
押し寄せてくるかもしれない。

労働力を手に入れるために、国は、
そっちに舵を取るかもしれない。

そのときに、英語が必要であると
直面したときでは遅い。

今の子どもが大人になったときには、
英語なんて話せて当たり前の、
世の中になっているか、

リアルな人生ゲームに負けっ放しの
日本人だらけの世の中に、
なっているかもしれない。

あなたは、今の英語教育を
どう思いますか?

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